元宝塚歌劇団星組トップ娘役の舞空瞳さんが、2024年12月に退団してから話題になっているのがその後の生き方です。
トップ娘役という華やかな肩書きを手放した舞空瞳さんが選んだのは、なんと栄養学の専門学校への入学。
今は毎朝満員電車に揺られながら通学する「学生」として、新しい道を歩んでいます。
・舞空瞳さんが退団後に栄養士を目指している理由
・礼真琴との添い遂げをしなかった本当の理由
・退団後の現在の活動と将来のビジョン
舞空瞳が退団後に選んだ栄養士への道
宝塚を退団した舞空瞳さんが今どんな道を歩んでいるのか、気になっている方は多いはずです。
退団の決断から現在の学生生活まで、インタビューで明かされたリアルな声をもとに詳しくお伝えします。
退団後の現在は栄養学の学生
舞空瞳さんは2024年12月1日、宝塚歌劇団星組の公演「記憶にございません!」「Tiara Azul-Destino-」の東京公演千秋楽をもって退団しました。
9年間在団した宝塚の舞台を降りたあと、さぞかし時間がゆっくり流れるのかと思いきや、本人が語るにはそんな感じは全くなかったようです。
退団直後は教習所に通って車の運転免許を取得し、栄養学の学校への入学準備を進め、さらに宝塚から東京への引っ越しと、慌ただしい毎日を過ごしていたといいます。
そして2025年4月からは、栄養学の専門学校に通いはじめました。
現在の舞空瞳さんの肩書きはなんと「学生」。
華やかな宝塚トップ娘役の姿から一変、栄養学を学ぶ専門学生として、毎朝満員電車に揺られながら通学する日々を送っています。
2025年7月8日にはオフィシャルサイト兼ファンクラブ「舞空瞳 OFFICIAL SITE」も開設し、新たな形でファンとのつながりを大切にしながら学業に励んでいます。
栄養士を目指すことにした理由
宝塚退団後に栄養学を学ぼうと決めたのは、コロナ禍のある経験がきっかけになっています。
舞空瞳さん自身、もともと仕事も趣味もすべてが宝塚だったため、退団後に何をしたいかなかなか見つけられず、長い間やりたいことが見つからなかったといいます。
そんな中でたどり着いたのが「料理」でした。
コロナ禍のステイホーム期間、ぼーっと時間を過ごすことが苦手な舞空瞳さんはなかなかリフレッシュ方法が見つけられずにいたそうですが、料理に集中していると仕事のことを考えずにリフレッシュできている自分に気づいたのだそうです。
料理を通じて食の知識にも興味を持ちはじめた舞空瞳さんは、発酵食品やオーガニック食品、バランスのよい食事など、体にいいとされる食の情報を調べては取り入れるように。
舞台人は体が資本だからこそ、食事を工夫するうちに疲れにくくなったり、風邪を引きにくくなったりと、食事の大切さを肌で実感するようになっていきました。
ただ、「なんだか調子がいいな」という感覚はわかるものの、その詳しい理由は理解できていないと気づいた舞空瞳さん。「健康で美しくあるための知識を、ちゃんと資格を取って学びたい」という思いが、栄養士の資格取得への道へとつながったのです。
また「自分のためにもなりますし、誰もが食とは一生関わるので少しでも誰かの力になれる」とも語っており、将来的に学んだことを周りの人に還元したいという気持ちも大きな動機になっています。
学校生活の実態と日常
専門学校では現在、座学がメインの日々を過ごしています。
週に1回は調理実習があり、みんなで調理帽子をかぶってコックさんのような格好をして料理をするのがとても楽しいと語っています。
クラスメイトは高校を卒業したばかりの若い人がほとんどですが、みんな年上の舞空瞳さんにもフランクに接してくれて、空きコマには一緒に勉強したりと、充実した学校生活を送っているようです。
「宝塚とは違った形の青春を体験しているような感覚」と舞空瞳さんは表現しています。
一方で大変なことも。パソコン作業がままならなかったり、毎朝満員電車に押し潰されながらの通学だったりと、宝塚時代とはまるで異なる新しい日常に奮闘中です。
退団後に気づいた”自分らしさ”
退団してから舞空瞳さんが気づいたことのひとつが、予定がない日が耐えられないという自分の性格です。
「稽古と稽古の合間にセリフを覚えたり、限られた時間の中でタスクをこなすために常に計画的に行動していた生活が抜けていない」と語っており、空いた時間ができると何か入れてしまうとのこと。
本人は「泳ぐのを止められないマグロみたい(笑)」と笑って話しています。
退団後の日常では自炊も増えました。冷蔵庫の食材でレシピを考えたり、買い足すものを想像しながらスーパーに行くのが楽しいといいます。
得意料理は肉じゃが、そして祖母からもらったトマトを湯むきして作るトマトソース。家族や友達に食べてもらって「おいしい」と言ってもらえることが退団後の喜びのひとつになっています。
愛用しているのは銀座にある専門店(オリヴィエアンドコー)のオリーブオイル。スペイン産とフランス産のものを使い分けており、「専門店のオリーブオイルに夢中です」と語っています。
宝塚時代から続ける日記習慣
宝塚時代からの習慣として、舞空瞳さんは現在も日記を書き続けています。
小・中学生の頃に両親と交換日記をしていたことがきっかけで、文字にすると自分の気持ちが整理されるような感覚があるのだそうです。
書きながら整理されることも、数日後に読み返して整理されることもあり、書く気が起きず1行しか書けない日もあるといいます。
でも大体のことは数年後に読み返すとクスッと笑えて、そうやって笑えるようになった自分に成長を感じられるから書いているとのこと。
また、ドーナツが大好物で、普段は控えているもののもう少し頑張りたいときやご褒美に食べているそうです。
下級生時代には稽古後に寝落ちしてしまった際、「メロンパンとオレンジジュースが欲しい」と寝言を言っていたというエピソードも。花組の同期がそれを覚えていて、舞台を見に来るたびに差し入れてくれているのだといいます。
退団を決意したきっかけ
退団を決断するにあたって、舞空瞳さんには一つの指針がありました。
それは「宝塚の創設者・小林一三先生に、心の底から『宝塚に入れていただき、ありがとうございました!』と言い切れる自分になれたら卒業しよう」というものです。
幼い頃から宝塚の大ファンだった舞空瞳さんは、トップ娘役に就任した時点から次が卒業であることも理解していました。ただ、トップになってすぐに卒業を意識したわけではなく、昨日の公演よりも今日の公演をよくしたいという気持ちで毎日芸事に向き合ってきたといいます。
そんな中で、礼真琴さんの相手役として5年間を共にした経験が、決断の大きな後押しになりました。
「その時間は、私の宝塚人生はもちろん生涯の中でもすべてといえるほど尊い時間になると確信できました。だからこそ、悔いなく次のステップに行こうと決断できたのだと思います」と語っています。
「やり切った!って心から言い切れる、悔いのない状態だったからこそ決断できた」という舞空瞳さんの言葉からは、9年間の宝塚生活への深い満足感と愛情が伝わってきます。
芸能活動ではなく学業を選んだ理由
退団後に舞台や映像作品など芸能活動の道を選ばなかったことも、多くのファンが気になっていたポイントのひとつではないでしょうか。
舞空瞳さんはその理由をこう語っています。
「私が突き詰めてきた”舞空瞳”は、宝塚の娘役として作り上げた人物なんです。本名の自分が娘役に憧れて、舞台の上では舞空瞳として役の人生を生きてきた感覚。だから、今は本名の自分にフォーカスを当てて育てていきたいなって」。
宝塚に在団している9年間、毎日を必死に生きていたため、退団後のことを考える余裕がなかったという舞空瞳さん。退団発表をしたあとに初めてきちんと考えたものの、やりたいことが見つからず、最後の公演期間中も決まっていなかったそうです。
それでも自分の興味関心を掘り下げていくなかで料理にたどり着き、栄養学という新たな道を見つけました。
芸能活動をゼロにするというわけではなく、「本名の自分を育てながら、将来的には”舞空瞳”と一緒に次のステップに行きたい」という想いも語っており、今は自分を見つめ直す時間として学業を選んだという形です。
宝塚仲間の舞台を見に行くことも続けており、「ファンに戻った気分ですね。寂しさよりも懐かしさに近くて、宝塚はずっと私の側にいてくれる存在」と話しています。
退団後の将来ビジョン
退団後の具体的な目標について、舞空瞳さんは「今はまだ探しながら歩いているところ」と正直に語っています。
栄養学を学び始めてわずかではあるものの、改めて元気で健康であることが何よりも大事だと実感する日々とのこと。「元気で健康で、かつ美しくなるための言葉や情報を発信していく人になれたらいいな、とぼんやり想像しています」とも語っており、栄養の知識と宝塚時代のキャリアを融合させた発信活動への興味を示しています。
また「娘役”舞空瞳”として経験してきたことと、新しく得た知識を融合させて、ファンの皆さまに喜んでいただけるようなこともしていきたい」という言葉も。宝塚で培った経験値を今後のキャリアに活かしたいという気持ちは強いようです。
作った料理の解説や目的に合わせたレシピ開発など、今まで宝塚でやってきたことと栄養の知識をひもづけた活動ができるのではないかと考えているようです。
心の持ち方についても「今の自分を通過したら次はどんな自分になりたい?」と常に想像する習慣があると語っており、自分の可能性を常に前向きに広げていこうとする姿勢が伝わってきます。
結婚観と今後の恋愛
結婚や家族を持つことについて聞かれた場面では、「自分も家族に支えられてきたので、家族って特別だと感じますし、家族を持つことにも憧れます」とコメント。
ただし、「女性の園から出てきたばかりで、今は栄養学まっしぐらです(笑)」と笑いを交えながら語っており、今はひたすら学業に集中している様子が伝わってきます。
「やって後悔しよう!」という人生哲学
舞空瞳さんの人生の指針になっているのが「やらないで後悔するよりは、やって後悔しよう!」という考え方です。
この精神は宝塚で自然と身についたもので、舞台は自分の状況を問わず毎日やってくる、一回一回をしっかりやり切らなければならない——そういう環境の中で育まれたものだといいます。
「どれだけ悩んだり躊躇したりしてもいいから、心の準備ができたら、勇気を出して踏み出すことが大事」という言葉は、新しい道へ踏み出した舞空瞳さん自身の経験から来るものでもあります。
舞空瞳の退団後を調べる人向けの関連情報
舞空瞳さんの退団後について気になるポイントをさらに掘り下げて解説します。
礼真琴との関係、今後の芸能活動の予定、プロフィールなどをまとめています。
礼真琴との添い遂げをしなかった理由
宝塚ファンの間でも特に注目されたのが、礼真琴さんより先に単独で退団を選んだという点ですよね。
宝塚歌劇団では、トップスターとトップ娘役が同時に退団する「添い遂げ退団」が慣例となっているケースも多いですが、舞空瞳さんは礼真琴さんに先立って2024年12月に退団しました。
その理由について、舞空瞳さんは「娘役を極めた方々に憧れて入ったファンの一人として、限りあるからこそ美しいものもあると思っていた」と語っています。
5年間にわたり礼真琴さんの相手役を務めたことで、「生涯の中でもすべてといえるほど尊い時間になると確信できた」と語っており、それが添い遂げではなく自分のタイミングでの退団につながったようです。
なお、舞空瞳さんの退団後、星組では礼真琴さんの相手役となるトップ娘役は設けられず、「作品ごとに配役」するという形がとられています。
礼真琴さんについては「挑戦し続ける礼さんの姿が背中を押してくれた」と語っており、挑戦し続けるパートナーを間近で見てきたことが、自分も新しい道に踏み出す勇気につながったと明かしています。
退団後初インタビューで語ったこと
退団後の舞空瞳さんが最初にメディアに登場したのは、2025年1月のことでした。
TOKYO FMのデジタル音声配信サービス「AuDee」の番組「マイ・タカラヅカ」に1月8日と22日の2回にわたりゲスト出演し、退団後のメディア初登場となりました。
パーソナリティの汾陽麻衣さんとの女子会トークのような雰囲気の中で、宝塚時代の思い出、トップスター礼真琴さんの素顔、現役時代のエピソード、卒業公演での思い出などを語りました。
2025年4月には集英社の雑誌「Oggi.jp」のインタビューで、元宝塚歌劇団・花組出身でオッジェンヌの力丸莉帆さんを交え、元花組男役スターの綺城ひか理さんとの対談企画にも登場。宝塚退団後のそれぞれの道について、リアルな言葉で語り合う場面が話題を呼びました。
また、集英社の美容メディア「MAQUIA(マキア)」には退団から約半年のタイミングで詳細なインタビューが掲載され、学校での生活、退団の決断、将来ビジョンなどについて丁寧に語っています。
これらのインタビューを通じて共通して語られているのは、「今は自分を見つめ直す時間」「本名の自分を育てたい」という想い。宝塚で”舞空瞳”として9年間を過ごしてきた自分と向き合いながら、新しい自分を形成している最中であることが伝わってきます。
退団後の芸能活動の予定
2026年3月時点で、舞空瞳さんの本格的な芸能活動への復帰については公式には発表されていません。
現在は栄養学の勉強に専念する日々を送っていますが、2025年4月13日には元宝塚歌劇団花組の男役スター・綺城ひか理さんのディナーショーにゲストとして出演するなど、少しずつ表舞台にも顔を見せています。
2025年7月8日にはオフィシャルサイト兼ファンクラブ「舞空瞳 OFFICIAL SITE」も開設しており、ファンとのつながりを大切にしながら活動の幅を広げる準備を着々と進めているようです。
今後について舞空瞳さんは「将来的には”舞空瞳”と一緒に次のステップに行きたい」と語っており、宝塚時代に築いた”舞空瞳”というブランドと、本名の自分として学んだ知識・経験を融合させた新しい形での活動再開を見据えているようです。
栄養学の専門知識と、宝塚トップ娘役として培った表現力・発信力を掛け合わせた活動という、今後の展開が楽しみなキャリアが見え始めています。
プロフィールと宝塚歌劇団時代の経歴
舞空瞳さんのプロフィールと宝塚時代の活動をまとめてみました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 舞空 瞳(まいそら ひとみ) |
| 誕生日 | 8月27日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 出身中学 | 北鎌倉女子学園中学校 |
| 身長 | 164cm |
| 血液型 | A型 |
| 愛称 | ひっとん、なこ |
| 宝塚入団 | 2016年(102期生) |
| 所属組 | 花組(2016年)→ 星組(2019年〜) |
| トップ娘役就任 | 2019年10月 |
| 退団 | 2024年12月1日 |
| 退団後 | 栄養学専門学校に通学中 |
宝塚歌劇団時代の主な出演作品は以下のとおりです。
| 年 | 作品名 | 備考 |
|---|---|---|
| 2019年〜 | ロックオペラ モーツァルト | トップコンビお披露目公演 |
| 2021年 | 王家に捧ぐ歌 | 礼真琴とのトップコンビ |
| 2023年 | ME AND MY GIRL | サリー役(憧れの作品) |
| 2024年 | 記憶にございません! / Tiara Azul | サヨナラ公演 |
小林一三賞受賞・首席入団という経歴
舞空瞳さんは2014年に宝塚音楽学校へ入学し、卒業時には優秀生に贈られる「小林一三賞」を受賞するほどの実力を持って卒業しました。
2016年の宝塚歌劇団への入団では、102期生として首席入団という快挙を達成。礼真琴さんも97期生として首席入団という経歴を持っており、それぞれの入団年で首席という二人のトップコンビは、宝塚の歴史の中でも非常に稀なケースとされています。
舞空瞳の退団後のまとめ
- 2024年12月1日、「記憶にございません!」「Tiara Azul」東京公演千秋楽で宝塚歌劇団を退団
- 星組トップ娘役として2019年〜2024年の約5年間、礼真琴の相手役を務めた
- 退団後は車の免許取得・上京・学校入学準備と慌ただしい日々を過ごした
- 2025年4月から栄養学の専門学校に通い、栄養士の資格取得を目指している
- 現在の肩書きは「学生」——毎朝満員電車で通学する日常を送っている
- 栄養学を学ぼうと思ったきっかけはコロナ禍のステイホームで料理にはまったこと
- 礼真琴との添い遂げをせず先に退団したのは「限りあるからこそ美しい」という想いから
- 礼真琴の退団後、後任のトップ娘役は設けられず「作品ごとに配役」という形になっている
- 退団後に芸能活動を選ばなかったのは「本名の自分を育てたい」という想いから
- 将来は「健康と美しさのための情報を発信する人になりたい」とぼんやりしたビジョンを持っている
- 宝塚時代の経験と栄養の知識を融合させた活動を将来的に考えている
- 2025年1月にTOKYO FM「AuDee」のラジオ番組でメディア初登場を果たした
- 2025年7月8日にオフィシャルサイト兼ファンクラブ「舞空瞳 OFFICIAL SITE」を開設
- 102期生として宝塚音楽学校を首席で卒業し、小林一三賞を受賞した実力派
- 身長164cm、血液型A型、神奈川県横浜市出身、愛称は「ひっとん」「なこ」


