「世界中の誰よりきっと」などのヒット曲で知られる、元WANDSの上杉昇さん。気になるのは、結婚しているのかどうかですよね。
嫁や子供はいるのか、過去の熱愛の噂はどうだったのか、調べてみると意外な事実が見えてきました。
この記事を読めば、上杉昇さんの結婚の真相から現在の活動まで、まるっと分かりますよ。
・上杉昇さんが結婚しているのか、嫁や子供はいるのか
・中山美穂さんや坂井泉水さんとの噂の真相
・WANDS脱退後の現在の活動や見た目の変化
上杉昇は結婚しているのか真相を調査
上杉昇さんが結婚しているのか、嫁や子供はいるのか――ファンなら一度は気になりますよね。
ここでは公表されている情報をもとに、結婚の真相と噂が生まれた背景をていねいに見ていきます。
結婚の事実は公表されていない
まず結論からお伝えしますね。
上杉昇さんについて、これまでに結婚を発表したという公式な記録は確認できません。
所属レーベルであるpojjo record(ポジョレコル)や、本人の公式サイトでも、結婚や配偶者に関する告知は出されていません。
経歴がかなり細かくまとめられているWikipediaや公式バイオグラフィーを見ても、結婚にまつわる記述はひとつも載っていないんです。
つまり、上杉昇さんは結婚を公にしておらず、現時点では独身とみられるというのが実際のところです。
もともと上杉昇さんは、音楽やライブのことはたっぷり語る一方で、プライベートをほとんど表に出さないタイプ。
だからこそ「実は結婚しているのでは?」という想像がふくらみやすいのかなと思います。
ただ、想像と事実は別物ですよね。
現状で言えるのは、結婚を裏付ける公式情報は存在しないという一点です。
妻にあたる女性の情報はあるのか
では、妻にあたる女性の情報はあるのでしょうか。
名前や年齢、顔写真、職業といった具体的なプロフィールを探してみても、これといった情報は見当たりません。
一部のまとめサイトには「結婚した嫁はだれ?」といった見出しが並んでいますが、記事本文を読んでみると、結局は確かな裏付けが示されていないんですよね。
正直、ちょっと期待して読むと拍子抜けしてしまうかもしれません。
こうした見出しは、読者の「気になる!」という気持ちを引き寄せるための表現で、実際に妻の存在が判明しているわけではないんです。
もちろん、一般の女性と静かに結婚している可能性をゼロだと言い切ることはできません。
ただ、それを示す情報もまた見つからないため、妻の存在を裏付ける材料は今のところ確認できないというのが正直なところです。
子供がいるという情報はない
結婚が確認できない以上、当然ながら子供についての情報も出てきません。
Yahoo!知恵袋などでも「上杉昇さんは結婚していますか?子供はいますか?」というファンからの質問が見られますが、はっきりした答えは付いていないままです。
ここからも、ファンの間で長く気になっているテーマなんだなと伝わってきますよね。
結局のところ、子供の有無を示す公的な情報は存在しない状態です。
結婚そのものが公表されていないので、子供の話題もどうしても憶測の域を出ません。
ここは無理に決めつけず、新しい情報が出てくるのを待つのが誠実な向き合い方かなと思います。
中山美穂との関係が結婚の噂を呼んだ
そもそも、なぜ上杉昇さんに結婚や恋愛の噂がついて回るのでしょうか。
その大きなきっかけのひとつが、中山美穂さんとのコラボ曲「世界中の誰よりきっと」だと考えられます。
この曲は1992年に発売された中山美穂さんとWANDSの共作シングルで、上杉昇さんがメインボーカル、中山美穂さんがバッキングボーカルを務めました。
累計200万枚を超える大ヒットとなり、作詞も2人が手がけています。
男女の声が寄り添うような名バラードだったこともあり、「2人は特別な関係だったのでは?」と勘ぐる人が出てきたのも、なんとなく分かる気がします。
ただ、実際の2人はあくまで音楽でつながった関係でした。
2024年に中山美穂さんが亡くなった際、上杉昇さんは「人生で最も偉大な師の一人」「一緒に歌ってくれてありがとう」といった言葉で追悼しています。
恋愛というより、深いリスペクトと感謝でつながった間柄だったことが伝わってきますよね。
……これは正直、じんわりくるエピソードでした。
そして2025年7月、上杉昇さんは「THE MUSIC DAY 2025」でこの曲を披露し、中山美穂さんへの想いを歌に込めています。
中山美穂さんとの関係は、恋愛の噂とは別の、音楽を通じた師弟のような絆だったと言えそうです。
坂井泉水との熱愛説の真相
もうひとつ語られがちなのが、ZARDの坂井泉水さんとの熱愛説です。
これも気になる人は多いですよね。
上杉昇さんと坂井泉水さんは、どちらも同じビーイングに所属していました。
さらに1993年には「果てしない夢を」という楽曲で、上杉昇さんと坂井泉水さんが作詞を共同で担当しています。
接点があったのは事実なんです。
ただ、ここから先がポイントです。
2人は数回しか顔を合わせたことがなかったとされており、交際を裏付けるような具体的な事実は出てきていません。
美男美女の2人だっただけに、「理想のカップルになりそう」というファンの期待や願望が、いつのまにか噂として広がっていったというのが実態に近いようです。
噂の出どころをたどると、確かな証言ではなく、周囲の想像から生まれたものだったわけですね。
坂井泉水さんとの熱愛説も、事実というより、ファンの期待から膨らんだ噂と考えるのが自然です。
上杉昇の結婚を調べる人向けの関連情報
結婚以外にも、上杉昇さんの現在の姿や見た目の変化、WANDSを脱退した理由など、気になることはたくさんありますよね。
ここからは、上杉昇さんを深く知るための関連情報をまとめて紹介していきます。
現在は猫騙とソロで音楽活動を継続
気になる現在の活動からいきましょう。
上杉昇さんは今も現役のミュージシャンとして、精力的に音楽を続けています。
軸になっているのは、自身がボーカルを務めるロックバンド「猫騙(ねこだまし)」と、ソロとしての活動です。
年に数回のペースで、都内を中心にライブを行っているほか、海外のステージにも積極的に立っています。
猫騙とソロを並行させながら、国内外でライブ活動を続けているのが、上杉昇さんの今のスタイルです。
中国・台湾を中心に海外でも活躍
上杉昇さんの現在を語るうえで外せないのが、海外での人気です。
2017年には上海で猫騙としての初の海外公演を開催し、同じ年に台湾で行われたジャパンフェスのゲストライブでは、約1万5千人もの観客を集めたと伝えられています。
その後も北京、成都、武漢、マカオなど中国各地のイベントに出演し、海外の音楽賞を受賞するなど、アジアで確かな存在感を放っています。
日本のWANDS世代だけでなく、海を越えたファンにも歌が届いているんですね。
WANDSを脱退した理由は音楽性の違い
人気絶頂のさなかにWANDSを去ったことは、当時のファンに大きな衝撃を与えました。
なぜ売れているバンドを抜けたのか、不思議に思う人も多いですよね。
最大の理由としてあげられているのが、音楽性の違いです。
上杉昇さんはもともとガンズ・アンド・ローゼズやLOUDNESSに憧れ、ハードロックやオルタナティブをやりたくて音楽の道に進みました。
ところがWANDSとしてデビューしてみると、求められたのはデジタルポップ路線。
自分のやりたい音楽と、会社や世間が求める音楽との間で、ずっと葛藤を抱えていたといいます。
これはなかなかしんどい状況だったでしょうね。
決定的なきっかけになったのは、敬愛していたニルヴァーナのカート・コバーンの死でした。
「自分のやりたい音楽で、聴いてくれる人を感動させたい」という想いが強まり、1996年6月30日、柴崎浩さんとともにWANDSを脱退します。
WANDS脱退の根っこにあったのは、自分の表現したいロックを貫きたいという強い意志だったと言えます。
見た目が激変し激太りと話題に
上杉昇さんを久しぶりに見た人が、いちばん驚くのが見た目の変化かもしれません。
「え、あの人がこんなに変わったの!?」と驚いた方も多いのではないでしょうか。
WANDS時代の上杉昇さんは、肩にかかるロングヘアで、細身のビジュアル系然としたイケメンでした。
ところが脱退後は、まるで別人のようにスタイルを変えていきます。
al.ni.co時代には短髪にサングラス、ニット帽、ひげといういでたちになり、体型もふっくら。
ソロ転向の前後にはスキンヘッドにし、頭や腕にタトゥーを入れるなど、イメージを大胆に塗り替えました。
本人もこうした変化について、「元々、自身の変身願望みたいなものは強かった」とインタビューで語っています。
つまり、激変は流されてのものではなく、自分の意思で選び取ったスタイルだったわけですね。
見た目は変わっても歌声は健在
見た目の印象が大きく変わった一方で、ファンが口をそろえて言うのが「声は昔のままかっこいい」ということです。
実際、2025年のテレビ出演でも、その伸びやかな歌声に「変わってない」「鳥肌が立った」と反響が集まりました。
ビジュアルは時代とともに変化しても、表現したい音楽と歌声の芯はぶれていない。
そう考えると、見た目の変化もまた、上杉昇さんらしさの一部なのかもしれませんね。
若い頃のプロフィールと意外な経歴
ここで、上杉昇さんの基本プロフィールと若い頃の歩みも整理しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 上杉昇(うえすぎ しょう)/別名 SHOW WESUGI |
| 生年月日 | 1972年5月24日(2026年6月時点で54歳) |
| 出身 | 埼玉県川越市生まれ/11歳で神奈川県横須賀市へ |
| 主な所属 | WANDS(初代ボーカル)→ al.ni.co →ソロ・猫騙 |
| 肩書き | ミュージシャン・ボーカリスト・作詞家 |
上杉昇さんは1972年に埼玉県川越市で生まれ、11歳のときに神奈川県横須賀市へ移り住みました。
中学生の頃にガンズ・アンド・ローゼズのビデオを観て衝撃を受け、音楽の道を志すようになります。
ビーイングの音楽スクールに通ったのち、オーディションで上位に入賞し、プロデューサーの長戸大幸さんの目に留まりました。
そして1991年、19歳のときに大島康祐さん、柴崎浩さんとWANDSを結成し、デビューを果たします。
ちょっと意外なエピソードもあって、上杉昇さんの中学の先輩には、あのX JAPANのHIDEさんがいたそうです。
同じ時期に在学していたわけではないものの、地元では憧れの存在だったといいます。
横須賀という土地が、上杉昇さんの音楽人生の原点になっているのが伝わってきますね。
自伝で明かした壮絶な生い立ち
上杉昇さんの人柄を深く知りたいなら、2018年に発売された自伝が手がかりになります。
デビュー25周年を記念して出された「世界が終るまでは… 上杉昇25th Anniversary BOX」には、自伝本とライブCD・DVDがセットになっていました。
この自伝の中で、上杉昇さんは自身の生い立ちをかなり赤裸々に語っています。
幼少期の複雑な家庭環境や、母親や叔母とともに実家を出たという出来事。
そして破天荒だった10代や、ビーイングでの葛藤、WANDS離脱に至るまでの心の動きが、率直につづられているんです。
華やかなヒット曲の裏側に、これほどの物語があったのかと、読んでいて胸に迫るものがあります。
2020年には続編にあたる「自伝 世界が終るまでは…2」も作られています。
自伝は、上杉昇さんがなぜ自分の音楽にこだわり続けてきたのかを理解する手がかりになる一冊です。
32年ぶりのテレビ歌唱で話題に
近年、上杉昇さんがふたたび大きな注目を集めたのが、2025年のテレビ出演でした。
2025年7月、日本テレビ系の音楽特番「THE MUSIC DAY 2025」に出演し、中山美穂さんとの名曲「世界中の誰よりきっと」を披露したんです。
なんとこれは、上杉昇さんにとって約32年ぶりとなるテレビ番組での歌唱でした。
長くテレビの表舞台から離れていたボーカリストの久々の登場に、SNSは大盛り上がり。
「泣ける」「まじで涙が出た」といった声が次々と寄せられ、世代を超えて反響が広がりました。
前年に亡くなった中山美穂さんへのトリビュートという意味合いもあり、その歌声は多くの人の心を揺さぶったようです。
久しぶりにテレビで聴くあの声に、思わず胸が熱くなった人も多かったのではないでしょうか。
32年ぶりのテレビ歌唱は、上杉昇さんの歌が今も色あせていないことを証明する出来事だったと言えます。
上杉昇の結婚のまとめ
- 上杉昇は結婚を公表しておらず、現時点では独身とみられる
- 所属レーベルや公式サイトに結婚・配偶者の発表はない
- Wikipediaやバイオグラフィーにも結婚に関する記述はない
- 妻にあたる女性の名前や顔などの具体情報は確認できない
- 「結婚した嫁はだれ」といった見出しは確かな裏付けがない
- 子供がいるという公的な情報も存在しない
- 結婚や恋愛の噂が広がる背景には名曲の存在がある
- 中山美穂との「世界中の誰よりきっと」は1992年の大ヒット曲
- 中山美穂とは恋愛ではなく音楽を通じた師弟のような関係とされる
- 坂井泉水との熱愛説はファンの期待から生まれた噂とされる
- 坂井泉水とは「果てしない夢を」を共作詞した接点がある
- 現在は猫騙とソロで国内外のライブ活動を続けている
- WANDS脱退の理由は音楽性の違いだったとされる
- 見た目は激変したが歌声は健在と評価されている
- 2025年に約32年ぶりのテレビ歌唱を果たし話題を集めた

