小椋佳の娘はいない!子供は息子2人で次男が琵琶職人になった経緯とは?

小椋佳の娘はいない!子供は息子2人で次男が琵琶職人になった経緯とは?

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『シクラメンのかほり』や『愛燦燦』を生んだ小椋佳さんに、娘さんはいるのか気になっている方は多いのではないでしょうか。

結論からいうと小椋佳さんに娘はおらず、子供は息子さん2人です。

そして次男の宏司さんには、父の歌で意識を取り戻したという、思わず涙が出そうになるエピソードがあるんです。

この記事を読むとわかること
・小椋佳に娘はいるのか、公式年表にある子供の人数
・長男と次男それぞれの生まれ年と、次男が琵琶職人になった経緯
・「小椋佳 娘」と検索される理由として考えられること

小椋佳に娘はいない!子供は息子2人

小椋佳の娘について調べると、実は娘さんはいないことが分かります。

ここでは公式の年表をもとに、2人の息子さんのことを順番に見ていきますね。

娘はいる?公式年表にある子供は息子2人だけ

いきなり結論ですが、小椋佳さんに娘はいません。

 

小椋佳さんの公式サイト「小椋佳倶楽部」にはプロフィール年表が載っていて、音楽の受賞歴だけでなく結婚や子供の誕生といった私生活の出来事まで書かれています。

そこに並んでいる子供の誕生は、1969年の長男誕生と1973年の次男・宏司さん誕生の2回だけです。

娘さんが生まれたという記述はどこにもありません。

年公式年表の記載
1967年東京大学法学部卒業、日本勧業銀行(現みずほ銀行)入行
1968年結婚
1969年長男誕生
1970年留学生として渡米(ノースウエスタン大学)
1973年次男・宏司さん誕生

年表を見ると、銀行員として働き始めた翌年に結婚し、アメリカ留学をはさんで2人の息子さんを授かったという流れですね。

銀行員とシンガーソングライターの二足のわらじを履いていた時期と、子育ての時期がまるごと重なっているのには驚かされます。

Wikipediaでも、ペンネームの由来として長男と次男の話が出てくるだけで、娘さんに触れた記述は見当たりません。

つまり、小椋佳さんの子供は息子2人というのが公式情報から分かる家族構成です。

 

長男は1969年生まれで一般人

長男は1969年生まれで、小椋佳さんが20代半ばで銀行員2年目のころに生まれた子供です。

芸能活動はしていない一般の方なので、顔写真や学歴などは表に出ていません。

長男のアメリカでの愛称がペンネームになった

長男にまつわる話でいちばん有名なのが、ペンネームの由来です。

小椋佳さんは一時期、東京キッドブラザースへの提供作品を中心に「葉月多夢」というペンネームを使っていました。

この名前は、長男がアメリカで呼ばれていた愛称から取ったものなんです。

年表で1970年に渡米しているので、幼い長男も一緒にアメリカで過ごしていたと考えられます。

次男との名前のバランスへの気配り

なぜ長男の愛称をペンネームにしたのかというと、次男に自分と同じ読みの名前を付けたからだそうです。

小椋佳さんの本名は神田紘爾(こうじ)さんで、次男は宏司(こうじ)さんです。

次男だけ父と同じ読みの名前になったので、長男への配慮としてもうひとつのペンネームに長男の愛称を使ったといわれています。

……なんか、いいですよね。

兄弟どちらにも気を配る、父親としての小椋佳さんの優しさが伝わるエピソードです。

 

次男・宏司は1973年生まれの琵琶職人

次男の宏司さんは1973年生まれで、現在は薩摩琵琶をつくる琵琶職人として活動しています。

テレビ東京の「私の履歴書」やがん情報誌のインタビューでは、日本に3人しかいないといわれる琵琶職人のひとりとして紹介されていました。

小椋佳さんの公式サイトでも、「小椋佳と次男で琵琶職人の神田宏司」が家族ぐるみで薩摩琵琶にかかわっていると紹介されています。

最初に作った琵琶は父へ

宏司さんが修業を終えて最初に作った琵琶は、父の小椋佳さんに贈られました。

宏司さんは、完成した琵琶を贈ったときの父のうれしそうな顔を見て、それまでの苦労が吹き飛んだと振り返っています。

テレビ東京の番組でも、小椋佳さんの「私の逸品」としてこの琵琶が紹介されていました。

小椋佳さんにとって、次男が作った最初の琵琶は何よりの宝物なんですね。

 

次男が14歳で倒れた若年性脳梗塞と父の歌

宏司さんが琵琶職人になるまでには、とても大きな試練がありました。

1987年、14歳だった宏司さんが若年性脳梗塞で倒れ、意識不明の重体になったのです。

医師からは治る見込みはないと告げられるほど深刻な状態でした。

正直、読んでいて胸が痛くなりました。

病室で口ずさんだ『あなたが美しいのは』

当時43歳で銀行員だった小椋佳さんは、仕事を終えると毎日病室に通っていました。

ある日、宏司さんの耳元で自作の曲『あなたが美しいのは』を口ずさむと、宏司さんが一緒に歌い始めたそうです。

記憶も言葉も失ったと思われていた息子がメロディーを追いかけてきた瞬間、小椋佳さんは涙が止まらなかったと語っています。

小椋佳さんはこのとき、歌が持つ力をあらためて感じたといいます。

一緒に琵琶を習い始めて職人の道へ

その後、宏司さんは少しずつ回復し、歩けるまでになりました。

小椋佳さんは息子に生きる喜びと誇りを持てる仕事を与えたいと考え、いろいろな学校や職人のもとへ連れて行ったそうです。

そして50歳を前に銀行を早期退職したあと、次の目標を探していた宏司さんを誘い、一緒に琵琶を習い始めました。

これが転機となり、宏司さんは琵琶づくりの修業の道へ進みます。

親元を離れた修業は10年に及び、小椋佳さんは後遺症を抱える息子の体を案じながらも夢を応援し続けました。

父の歌で目を覚ました息子が、父と同じ楽器をつくる職人になった。

 

これ、なんか分かりませんか?

「娘」で検索される理由として考えられること

娘さんがいないのに、なぜ小椋佳の娘と検索されるのか気になりますよね。

はっきりした理由が公表されているわけではないので、ここからは事実をもとにした推測です。

「娘」が付くドラマの主題歌

小椋佳さんは1975年に、フジテレビのドラマ『娘たちの四季 愛は素直に』の主題歌『めまい』を手がけています。

楽曲名やドラマ名から「小椋佳」と「娘」という言葉が並んで記憶されている人がいても、不思議ではないかなと思います。

次男夫婦がテレビで紹介された

2014年にはBS朝日の番組「ありがとう」で、小椋佳さんが感謝を伝えたい相手として次男夫婦が取り上げられました。

番組では、宏司さんのそばに琵琶の演奏家として一歩を踏み出した妻の亜矢子さんがいることが紹介されています。

家族として一緒に紹介された女性を見て、娘さんがいるのかなと気になった人がいた可能性もありそうです。

ただし、実際の子供は息子2人で、娘がいるという事実は確認できません。

 

小椋佳の娘を調べる人向けの関連情報

ここからは、小椋佳の娘を調べる人がいっしょに気にしている、息子さんや孫、奥さんの話をまとめました。

次男の結婚相手は琵琶奏者

次男の宏司さんは結婚していて、奥さんの亜矢子さんは琵琶の演奏家です。

2014年のBS朝日の番組放送時点で、亜矢子さんは琵琶の演奏家として一歩を踏み出したばかりと紹介されていました。

琵琶をつくる夫と、琵琶を弾く妻という、まさに二人三脚の夫婦ですね。

小椋佳さんは、宏司さんと亜矢子さんが音楽の道を究めようとしている姿がうれしいと話しています。

父・小椋佳さんから始まった琵琶が、次男夫婦へと受け継がれているのが分かります。

 

長男の学歴と現在は非公表

長男の学歴や現在の仕事について、小椋佳さん本人や公式サイトからの発表はありません。

一般の方なので、学校名などが公表されていないのは自然なことですよね。

父の小椋佳さんが東京大学法学部を出て日本勧業銀行に入った経歴なので、長男の進路が気になる人も多いのだと思います。

長男については、1969年生まれでアメリカでの愛称がペンネームになったことが公表されている情報です。

 

孫はいる?

小椋佳さんの孫について、公式サイトや本人からの詳しい発表は見当たりません。

ネット上には、長男に子供がいると紹介している記事もあります。

ただ、名前や年齢など具体的なことは公表されておらず、孫がいるかどうかは詳しく分かっていないのが実情です。

 

妻・佳穂里は小学校の同級生で初恋の人

2人の息子さんのお母さんである妻の佳穂里さんは、台東区立黒門小学校1年のときに机を並べた同級生です。

小椋佳さんにとっては初恋の相手で、長いあいだ相手にしてもらえない片思いだったそうです。

中学2年生のころから佳穂里さんへの思いを日記に綴り始めたことが、シンガーソングライター小椋佳誕生のきっかけだといわれています。

芸名の「佳」も、佳穂里さんの名前の一字から取ったものなんです。

文学座の女優だった佳穂里

佳穂里さんは青山学院大学を中退して文学座に入り、杉村春子さんと旅公演に出たり映画に出演したりしていました。

その後、役者に向かないと退団し、小椋佳さんと1968年に結婚しています。

2001年に小椋佳さんが胃がんと分かったとき、コンサート先の沖縄に「検査を受けてください」と電話したのも佳穂里さんでした。

初恋の人がそのまま、長い人生を支える妻になったんですね。

 

妻との週末婚は約20年続いた

小椋佳さんは、子供のころは母親、結婚後は妻に家事を頼りきってきたそうです。

そこで2000年代前半に一度は一人で暮らしてみようと思い立ち、妻との週末婚を始めました。

奥さんは最初は戸惑ったものの、週末婚は私生活にも仕事にもいい効果をもたらしたといいます。

そして2022年のクリスマスに、約20年続いた週末婚を解消し、再び夫婦で同居する生活に戻りました。

2023年1月に最後のコンサートを終えて一線を退く直前に、夫婦の暮らしも元の形に戻ったのは、なんだかじんわりしますよね。

小椋佳の娘のまとめ

  • 小椋佳に娘はいない
  • 公式年表にある子供は長男と次男の息子2人だけ
  • 1968年に結婚し、1969年に長男、1973年に次男・宏司が誕生
  • 長男は一般人で、学歴や現在の仕事は非公表
  • ペンネーム「葉月多夢」は長男のアメリカでの愛称が由来
  • 次男に自分と同じ読み(こうじ)の名前を付け、長男に配慮したとされる
  • 次男・宏司は1987年、14歳で若年性脳梗塞となり意識不明に
  • 病室で『あなたが美しいのは』を口ずさむと次男が一緒に歌い出した
  • 銀行退職後、父と次男は一緒に琵琶を習い始めた
  • 次男は10年の修業を経て薩摩琵琶の職人になった
  • 次男が最初に作った琵琶は父・小椋佳に贈られた
  • 次男の妻・亜矢子は琵琶の演奏家
  • 娘と検索される理由は、ドラマ『娘たちの四季』の主題歌や次男夫婦のテレビ出演が考えられる(推測)
  • 孫については公式な詳しい発表はない
  • 妻・佳穂里は小学校の同級生で初恋の人、元文学座の女優
  • 約20年続いた週末婚は2022年のクリスマスに解消

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